夜泣止(よなきどめ)の松がある本隆寺は,慧光(えこう)山と号し,法華 宗真門流の本山で,十界曼荼羅を本尊としています。
妙顕寺の日具の弟子であった日真は,本迹勝劣を強調して師と意見を異にし,長享2年(1488)に六角 西洞院の草庵で本隆寺として独立します。翌年,四条坊城に堂宇を構え,京都法華21本山の一つとして栄えます。天文法華の乱で叡山の焼打ちにより堺に逃れ ますが,天正12年(1584)に現在の地に再建しました。
その後,享保・天明の大火に遭いますが,明暦3年(1657)に建てられた本堂は焼け残り,祖師堂とともに京都府指定有形文化財となっています。これは 本堂に安置されていた鬼子母神の霊験によるとして不焼寺(やけずのてら)と呼ばれるようになりました。
祖師堂前にある夜泣止の松は,第5世日諦が一婦人より幼児の養育を頼まれますが,その子が夜泣きをして困らせたので,題目を唱えながら松の木を廻ると泣 き止んだという霊験譚から,この松の皮や松葉を枕の下に敷くと,幼児の夜泣きがやむといわれました。
また本堂前の千代野井は,無外如大尼(千代野姫)が満月の夜,この井戸で水を汲んでいたところ,桶の底が抜けて月影が水とともに消えたので,仏道に入っ たという由緒を伝えています。この地は無外如大尼の開創になる景愛寺の旧地とされています。
重要文化財の法花玄論10巻は比叡山に伝来した奈良時代書写の貴重な完本です。また同じく重要文化財の法華経10巻は平安時代後期の装飾経で,巻尾に天正11年(1583)の寄進記があります。
その後,享保・天明の大火に遭いますが,明暦3年(1657)に建てられた本堂は焼け残り,祖師堂とともに京都府指定有形文化財となっています。これは 本堂に安置されていた鬼子母神の霊験によるとして不焼寺(やけずのてら)と呼ばれるようになりました。
祖師堂前にある夜泣止の松は,第5世日諦が一婦人より幼児の養育を頼まれますが,その子が夜泣きをして困らせたので,題目を唱えながら松の木を廻ると泣 き止んだという霊験譚から,この松の皮や松葉を枕の下に敷くと,幼児の夜泣きがやむといわれました。
また本堂前の千代野井は,無外如大尼(千代野姫)が満月の夜,この井戸で水を汲んでいたところ,桶の底が抜けて月影が水とともに消えたので,仏道に入っ たという由緒を伝えています。この地は無外如大尼の開創になる景愛寺の旧地とされています。
重要文化財の法花玄論10巻は比叡山に伝来した奈良時代書写の貴重な完本です。また同じく重要文化財の法華経10巻は平安時代後期の装飾経で,巻尾に天正11年(1583)の寄進記があります。
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- 【住所】
- 京都市上京区智恵光院通五辻上る紋屋町
- 【時期】
- 詳しくはオリジナルWebサイトより
- 【見所】
- イロハモミジ、 夜泣き止め松、さるすべり
- 【近隣スポット】
- 釘抜地蔵、雨宝院、岩上神社、正寿院、是好院、宣妙院
- 【近隣グルメスポット】
- 京料理てんぷら天喜、おばんざい「しづ」
- 【関連人物】
- 日真大和尚、柏原天皇、無外如大尼(千代野姫)
- 【西陣レンタサイクルからの所要時間】
- 5分
- 【近隣の通り】
- 五辻通、智恵光院通
35.031767,135.74647









